人柱

大坂の長柄橋には人柱の伝説があります。
長柄の人柱碑(巌氏碑)
長柄の人柱碑(巌氏碑)
人柱の由来書き(大願寺)
人柱の由来書き(大願寺)
淀川に架かる長柄橋ですが、初めての架橋は推古天皇の時代である613年に完成しました。
ただし、工事は難航し何度も途中で流されて橋を架け終える事ができなかったため、人柱として身を捧げて工事を完成させたという話が残っています。人柱となったのは当時の長者だった巌氏(いわうじ)家の当主でした。
巌氏が人柱となったいきさつというのが不幸な話で、巌氏に長柄橋が完成前に流されて完了しない工事の相談をしに行った所、袴に継ぎのあたった人を人柱にすれば良いとの助言を得たのですが、当の巌氏自身の袴に継ぎがあたっており進言した本人が人柱となってしまうという悲劇があったそうです。
人柱を捧げた事によってか、工事は順調に進んで架橋完成までに流される事無く架け終えることができたとのこと。
なお、この長柄の人柱を捧げた橋と現在の長柄橋は全く別で、この当時の長柄橋は所在もはっきり判らずということですので、現在の長柄橋の橋脚の下に人柱が埋まっているわけではありません。
参考サイト・資料など
大阪市立図書館 大坂に関する良くある質問と回答
牧村史陽編 講談社学術文庫 大阪ことば事典第13刷
ナガラ【長柄】(名) の項を参照
ほか

4件のコメント

  1. 伝説とはいえ、人柱はかなり信憑性が高い。
    この大願寺は縁起書に寄ると巌氏の菩提を弔うために建立された寺だそうですので、実際にあった話のようですね。

  2. 「長柄の人柱」は大阪ではかなり有名な伝説のようです。
    当時の長柄橋がどこにあったのかよくわからないというのもミステリアスな雰囲気を煽っていますよね。
    実際はいろいろなバリエーションがあり、巌氏が自分で人柱に名乗り出たという伝承と、上記のご紹介した内容のように進言したがその対象が自分であり、愕然としたという伝承あり、諸説いろいろあるようです。
    が、共通しているのは長柄橋に巌氏が人柱となったという事象です。
    やはり大阪市のどこかに埋まっているのですよ。

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