科学の光で照らそう(その2)

 線形加速器(Linac)で1GeVまで加速された後は、シンクロトロンで8GeVまでさらに加速します。
高周波加速空洞(Accelarating Cavity)
 高周波加速空洞(Accelarating Cavity)
 線形加速器と同様に高周波で電子を加速します。写真は実際に加速を行う加速空洞で、508.58MHzの共振周波数を用いて加速されます。先の線形加速器の周波数より低いため、導波管(銀色のダクト)はサイズが大きくなっています。
高周波加速空洞の銘板
 高周波加速空洞の銘板
 こちらの出力はちょっと控えめで、最大250kW。周波数こそ違いますが、これ1つで広域カバーの放送局出力並の出力を投入しており、シンクロトロンでは四カ所に設置されています。
 ちなみに8GeVに電子を加速するための加速電圧は18.2MV(メガ・ボルト)だそうです。
シンクロトロンのトラック
 シンクロトロンのトラック
 シンクロトロンは高周波加速空洞以外は、ほぼ円形のレーストラック型になっており、進んでいる電子の向きを変える青色の偏向電磁石(二極)とビームの形状を整えたり(収束・発散)する赤色の電磁石(四極)が交互に並ぶFODO構造と呼ばれる構成になっていて、収束・偏向・発散・偏向の組を1周期としています。
 シンクロトロンのリングは一周396.124mあり、このリングのパイプの中を電子が亜光速(!)で飛んでいる訳です。
6極電磁石
 6極電磁石
 写真の物は収束用
 シンクロトロンで加速される電子の持つエネルギーは完全に同じものばかりではなく、ある程度の帯域をもっています。そのため、個々の電子のエネルギー差で同じ磁場を掛けても良く曲がる電子とあまり曲がらない電子が出てきます。これは光の色収差と同じ現象で、その補正のために六極電磁石を用います。
 収束・発散のための四極電磁石と同じで、こちらも収束用と発散用があります。
電磁石カットモデル
 電磁石カットモデル
 見学者向けに、設置されている電磁石類のカットモデルが置かれています。
 大電流を流す事から、コイル巻線は内部に冷却剤を流すためのパイプ状になっています。
 ここで、それぞれの電磁石の諸元が記載されているのですが、一般的な感覚からかなり外れていると言わざるを得ない定格が記載されています。
偏向電磁石
 磁場の強さ:0.903T(テスラ)
 電流値:1500A
 重量:4500kg
 巻数:各極10ターン
四極電磁石
 磁場の強さ:15.0T/m
 電流値:535A
 重量:1050kg
 巻数:各極15ターン
六極電磁石
 磁場の強さ:225T/m2
 電流値:373A
 重量:140kg
 巻数:各極10ターン
(巻数はカットモデルから算出・諸元に記載はありません)
 ほぼ光速に近い電子の向きを曲げるために1500Aの電流を電磁石に流して磁場を発生させ、電子の進む向きを変えているのです。相対論的効果恐るべしとしか言いようがありません。日常生活では一般的に光速に近い速度で進む物体はあり得ないのですから、この馬鹿げた数字はまさにぶっ飛んでいると言えるでしょう。
偏向電磁石の電源ライン
 偏向電磁石の電源ライン
 その大電流を流すための電力供給ラインは既に電線ではなく、銅板となっていました。
 しかもプラス・マイナスの記載があるので直流です。この直流を作り出している電源の方が気になります。電源類や高周波加速空洞のマイクロ波発生部分などはこの上の階に設置されているそうなのですが、今回の見学ラインに入っていないため、どのような機材が設置されているのかは不明です。
分岐点
 分岐点
 向かって左がシンクロトロンのトラックビームライン
 右側が蓄積リングへのビームライン
 ここでシンクロトロンのトラックを周回するか、蓄積リングへ投入するか、ビームダンプで破棄するかの分かれ道です。蓄積リングの利用状況などにより、線形加速器で加速、その後にこのシンクロトロンでさらに加速されても利用されないバンチ(電子塊)は避けられないようです。
 ちなみにこのブースターシンクロトロンではバンチの数(RFパケット)は672個置く事ができるそうです。
SSBT(シンクロトロン側)
 SSBT(シンクロトロン側)
SSBTの区切り点
 SSBTの区切り点
 シンクロトロンから蓄積リングへのビーム輸送系の途中
 シンクロトロンから蓄積リングへビームを注入するための輸送系(SSBT)ですが、蓄積リングが運転中であっても、シンクロトロンへ入室できるように管理区域が別れています。単純に別れていると思いきや、実はこの扉の手前(シンクロトロン側)は日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)が施工、扉の向こう(蓄積リング側)は理化学研究所が施工しており、冷却系などを含めてすべてを分割しています。危険分散という建前よりも、単なる縦割りを実施したのだと思えますが。
SSBT(蓄積リング側)
 SSBT(蓄積リング側)
 蓄積リングから外側に一本でも多くのビームラインを取り出すためにSPring-8では地下から蓄積リング内側に電子ビームを注入します。そのため、シンクロトロンのレベルは蓄積リングのレベルより9m下に設置されており、SSBTは71mの距離でこの高さを電子ビームが登って行く事になります。
上下方向の偏向電磁石(下側)
 上下方向の偏向電磁石(下側)
上下方向の偏向電磁石(上側)
 上下方向の偏向電磁石(上側)
 SPring-8の施設内で唯2カ所あるのが、この上下方向の偏向電磁石です。
 通常のシンクロトロンのトラックでは水平方向にしか曲げることはありませんが、SSBTが地下から蓄積リングへ立ち上って行くため、登坂上の始点と終点の二カ所にこの上下方向の偏向電磁石が設置されています。
 全長310mもの世界最長ビーム輸送系SSBTを抜けるといよいよ花形であるビームラインのある蓄積リングです。

2件のコメント

  1. 引き続き貴重な見学日記、有り難うございます。
    何だかSFの世界のような気分になりますね。
    シールドがされているとはいえ、強烈な磁場が発生しているので
    敏感な人なら感じることが出来るかも?いやそんなことは無いか・・。

  2. 稼働中は磁場よりも偏向電磁石から放射されるシンクロトロン放射光の方が怖いですね。電磁波は加速空洞近辺だけですから。
    偏向電磁石で曲げられた際に放射される放射光は、アンジュレータと違い、赤外線から硬X線までの広いスペクトルで電子が通るたびにジャンジャン放射されますから、一気に被曝です。すぐに死ねます(苦笑)、いや本当です。

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