妲己はいるのか

 中国の故事に由来。

酒池肉林
 酒池肉林

 殷の最後の王であった紂王は周の武王に斃された悪名高い王として知られていますが、実際は周が前政を貶めて自分達を正当化するための盛った話では無いかとの説もあるようです。
 ともあれ、祭祀をおろそかにし天を祀らず、民に重税をかけて苦しめるなどの悪政を示したほか、愛妾であった妲己(これも悪名高く、妲己の)に溺れ、池に酒を満たし、木に肉をかけた宴「酒池肉林」を催すなどかなり放蕩の限りを尽くすなど悪い評判が残っています。
 さらに悪いことに諫言を受けても耳を貸さず、従わぬ者は銅の柱に縛り付け、その銅の柱を熱して焼き殺すという「炮烙の刑」を処すなど暴君としても名を残しています。
 中国の歴史をフィクションを交えてエンターテインメントとして歴史物語とした全相平話では妲己の気を引くために目の前で人々を戦わせ、勝者には酒池を敗者には蠆盆与えますが、敗者の蠆盆とは毒虫などを入れた穴に入れる事で殺す事。勝者とて酒を呑んで酔わせて溺れさせるとあり、勝者も敗者もどちらも殺す事が妲己のために行われたとあります。歴史物語なのでフィクションが入っているのでしょうが、それを語らせるほどの人物だったのでしょう。

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